デニムフリークで有れば、お気に入りのジーンズメーカーを幾つか挙げることなど朝飯前のコトだろう。曰くドゥニーム、エヴィス、フルカウント、ウエアハウス、ジョー・マッコイ、ステュディオ・ダルチザン、シュガーケーン、スカルジーンズ…etc。まだまだマニアックなブランドやショップオリジナルを含めれば、どれだけあるのかを全て把握することは困難なほどだ。

ならば『RRR Jeans』をご存じだろうか。今を去ること7年前の1997年。『Real Jeans』『レアレア倶楽部(RRC)』『Ray Design Unit』の3つの素晴らしいサイトを運営する三氏がいた。その三氏の元に、一通のメールが届く。『貴方のジーンズを作らせてくださらないでしょうか』差出人は岡山県の縫製工場を経営する『Ark』の昼田清文氏であった。三氏はこの要請に応え、情熱と知識を溢れるほどに注ぎ込む。その情熱を具現化すべく、『Ark』の昼田氏は昼夜無くミシンを踏み続けた。完成したジーンズは三人のサイトの頭文字を取って、『RRR Jeans』と命名された。

当時、ヒマを持て余していた大学生だったMSはもうサルのようにハマり狂った(ブラウザがNetscape1.0だったってのも時代を感じるなぁ)もう講義そっちのけでPCに囓り付いた。

まずは実際に製品化を担当することになる『Arkアパレル』の定番品である『Ark0101』を三人がそれぞれの視点から容赦なく、しかしより良いモノづくりへのコダワリを実現するための議論をネット上で繰り広げる。そしてその議論の中から自分達の目指すジーンズの姿を浮き彫りにしていく。そのプロセスをネット上に掲載した議事録から我々第三者もほぼリアルタイムに疑似体験する。こうしてインターネットを介して究極のジーンズはリアルなプロダクトとして誕生した。既存のブランドや販売チャネルに頼ることなく、250本のジーンズはわずか一週間で売り切れた。

創り手はここまで気を配り、ここまでコダワっているのか。MSは501XXを体験していない世代であり、あまり忠実復刻や再現と言うキーワードに食指を伸ばすタイプではない。だがディスプレイの向こう側で繰り広げられる熱い議論に胸を高鳴らせ、『RRR』のサイトで自分達のイメージする『RRR704XX』を創り上げる姿から凄まじい情熱と自分達が愛する501XXへの敬意が溢れるほどに注がれていた。また実際にモノづくりを担う『Ark』の昼田氏も負けてはいない。『彼らはそれぞれ相当マニアックな方たちでしたから、こういう人たちが満足するジーンズってどういうものなんだろう。僕には作れるんだろうかって(糸井重里編:空中ジーンズ工場,筑摩書房,1998,P46)』

MSがジーンズに興味を持ったのは『cazicazi』に連載されていた山根英彦氏のコラムがキッカケだったが、火種が炎となってMSを冒したのは間違いなく『RRR』の存在だった。その素晴らしいサイトも、『RRR』を担った『レアレア倶楽部』も『Ray Design Unit』も、今は残念ながら閉鎖されてしまい、『Real Jeans』だけが今もインターネットにその姿を残している。インターネットは偉大な先人の記録を留めることなく、いつしか記憶の中にのみ姿を残していた。あの頃サイトを見る側だったMSは、サイトをつくる側になった。そして今も『RRR』に冒されたMSの熱病は治まらない。『RRR』の活動にまだ黎明期にあったインターネットの未来に、ワクワクするような胸の高鳴りを覚えたのはMSだけではないハズだ。

あれから7年が経ち、インターネット・ビジネスは目新しいモノではなくなった。ipodで音楽を聴きながら楽天で買ったソファに腰を下ろし、アマゾンで買った本を読む。今もブロードバンドだ、光ファイバーだの騒いでみても、そこで流れるコンテンツは相変わらず乏しい。ソフトバンクは自社ポータルのコンテンツ強化にダイエーからホークス株を、コロニー・キャピタルから興行権を総額200億円で買収した。先端技術のブロードバンドで流されるコンテンツが、戦前からあるプロ野球と言うのも皮肉で笑える話だ。BtoCだのBtoBだのエラそうに言ってみても、結局は既存の流通網がネットに置き換えられただけに過ぎない。そこには『RRR』のように、胸躍る期待感を感じることは無い。

この『空中ジーンズ工場』は偉大な先人達の足跡を今に伝える、唯一のアーカイブである。だからこそ、MSはこの本を今でも強い憧れを持って幾度と無く手にする。かつて、インターネットの素晴らしい可能性を提示し、バーチャルと言われていた世界をリアルと交差させた希有な存在。当サイトが出来得る限り「創り手の存在」をフォーカスするのは、MS自身が『RRR』を創り上げた人々に感動し、モノの背景にいる人々をモノを通じて浮かび上がらせたいと感じたからだ。

インターネットでつながるひとりでも多くの人々に感じて欲しい。今はもう伝説となってしまったこのジーンズの誕生前夜を。ひとつのプロダクトに注がれた溢れるような情熱を。そして『RRR』を生み出した四人の男達の息吹を。

(04.11.20)
編 糸井重里
   Real Jeans
   Rare Rare Club
   Ray Design Unit
インターネットが紡いだ、奇跡の軌跡。